編む人たち
西原雨天、シーナ / 遊星

 

 

 惑星詩人協会が発信するメディア、『SOLAR3RD』と『遊星』の交換インタビュー企画。

 後編は『遊星』を編集する西原雨天さん、シーナさんが登場。
 ギャザリングからZineが生まれた経緯や、Webメディア全盛の今も頑なに「紙」にこだわる理由、コンビで編集に取り組む意義などについてお二人に話を聞いた。

聴き手:磐樹炙弦(『SOLAR3RD』編集人)

 

 

── お二人の、そもそもの惑星詩人協会との馴れ初めから、『遊星』発刊に到るまでの前史みたいものを思い出してもらえますか?


西原雨天(以下 西原):

 僕が惑星詩人協会との関わりを持った最初のきっかけは、2016年に岡山で開催されたイベント「HIKARI FESTIVAL」でした。もともと東京リチュアルのラジオ「東京ポッドキャスト」(編集者注:現在は配信終了)を聴いていて、磐樹さんに興味があったんです。面白そうだと思って参加してみた「HIKARI FESTIVAL」で、磐樹さんうーたん・うしろさん婀聞マリさん小松成彰さんなどと知り合いました。
 それから東京都内のギャザリングに何度かお邪魔して。二次会の居酒屋で談笑してたら、その場のノリと勢いで協会員になりました。


シーナ:

 私は2014年、17歳のときに磐樹さんと知り合いました。SNS上だけではなく武邑塾でも交流があって、自然と磐樹さんの周りにいる人とも仲良くなっていきましたね。それこそうーたん・うしろくんとか。2017年春のお花見ギャザリングに参加して協会員になりました。
 でも、ギャザリング参加率はあんまり高くなかったんです。今ほど積極的な関わり方はしてなかったな。

 

 

惑星詩人図書館

 

── そんな二人が、「惑星詩人図書館」というギャザリングにコンビで取り組んだんですよね協会でも「コンビで何かやる」っていうのは珍しかった記憶があります。その経緯ってどんな感じだったんですか?


シーナ:

 もともと惑星詩人協会のギャザリングは、コアメンバー的な数名が企画・主催をすることが多かったんです。でも今後もっと協会が発展していくためには、色々な人がギャザリングを企画・主催できるようになったほうがいいよね! という話が出て。


西原:

 僕が「皆で本を持ち寄って、その場限りの図書館を作ったら面白そう」と言い出したとき、ちょうどシーナさんは「本のフリマをやりたい」と言ってました
 両方の話を聞いていた協会員の方から「じゃあ共同主催でイベントやったらいいんじゃない?」と言われたことがきっかけだったかと。
 それで「惑星詩人図書館」の開催に至りました。


シーナ:

 「惑星詩人図書館」は、好きな本をシェアするギャザリングです。ありがたいことに多くの方にご参加いただきました。ぜひ定例化したいと思っていた矢先……コロナウィルスが流行して、開催が難しくなってしまいました。
 緊急事態宣言以降、セルフケアプログラムが始まりました。しかし私は、すべてのコミュニケーションがSNSやビデオ会議アプリで済まされてしまうことがとても寂しかったんです。

 私たちはきっと、手のぬくもりや、心地のいい間、呼吸のようなを心のどこかで求めている。失われた言葉の輪郭のようなものを、最善の形で取り戻せる方法として、 Zineという媒体に目を付けました。

 

 

── 共同作業っていうのは私個人にとっても大きいテーマです。私自身が共同作業に苦手意識を持っているから。


シーナ:

 共同作業は私も苦手です。焦ると仕切り屋さんになってしまう悪い癖があって。相手のペースに気を配りながら、対話を重ねて物事を進めるって想像以上に難しい。西原くんはとても寛容なので、ミスしたときや、ちょっと上手くいかなくてイライラしちゃったときもすぐに許してくれるんです。本当に感謝してます。


西原:

 僕の場合、逆に焦れば焦るほど周りの顔色を伺いすぎて動けなくなるところがあるので、そういうときにシーナさんがパッパッと動かしてくれるのがすごくありがたいです。

 

 

── もともと、自律的なグループワークが色々勃発しやすいように、と協会を設計していたところ、おそらく最初にグループワークとして勃発したのが、お二人のコンビではないかと思います。エクスタシータロットブレイドもありましたけど、ちょっとまた意味合いが違う。


シーナ:

 そうですね。『遊星』編集部はまさにグループワークです。二人で案を出し合って、考えて、話し合って、役割分担して。報告・連絡・相談を積み重ねながら、一個のメディアを作り上げていく。その過程で「互助」と「ゆるし」を学ぶ機会でもあると感じています。

 

 

── 「惑星詩人図書館」から『遊星』への経緯のなかで変わってきた意識、感覚ってありますか。


シーナ:

 想像以上に、『遊星』が独立したアイデンティティを持ったなと感じます。
 確かに『遊星』が生まれたきっかけは「惑星詩人図書館が開催できなかったから」なんですけど……。完成した創刊号を改めて見ると「あっこれは全く新しい集いが生まれたな」と確信しました。
 いつか「ギャザリングの代わり」という意味合いから抜けて、もっと出版物としての価値を上げていきたいです。


西原:

 主催者がどのように「場」に介入するかが大きく違いますね。
 「惑星詩人図書館」において、主催者の役目は事前準備、タイムキーパー、司会進行くらいで。あとは自然に生まれてくれる「場」を信頼し、任せることが大事だったと思うんです。しかし『遊星』は逆で、主催者が積極的に「場」の在り方に介入し、コントロールしなければならない。
 その違いに対して、今でも結構戸惑っているところがあります。こんなに介入しちゃってるけどいいのかなぁ? みたいな。

 

 

 

── 「じゃあ一緒にやれば?」っていう提案から、ギャザリングを経由して、今度はZineにしようと。どんどん物質化の方向に向かってるんだけど、それはなぜだと思う? 何かを記事にしようと思ったら『SOLAR3RD』でもよかったわけじゃん。


シーナ:

 つまり、わざわざコンビニに行って印刷する形式を選んだ理由ってことですよね。

 

 

── そう。
 媒体として、リアルの空間(ギャザリング)と電子画面(『SOLAR3RD』)の間に、紙(『遊星』)という選択があることと、二人のグループワークの展開とが、実は並列関係にあるような気がして。「人間同士の関わり合いに、フィジカルをなんとしてでも繋ぎとめよう」という意志がお二人は強いように見えるんですよ。


西原:

 紙媒体を選んでいる理由……というか「わざわざコンビニに行って刷る」というわりと面倒な手法をとっている理由の一つには「読者の皆さんも『遊星』という “営み” の一部であってほしい」という想いがあります。
 読者も投稿者も編集者もひっくるめて同じ営みの当事者であるためには、ネット上にアップされたものを画面で閲覧するだけでは、あまりにもお手軽すぎる。読者=傍観者という構造にならないようにしたかったんです。


シーナ:

 これは惑星詩人図書館を始めたきっかけとも重なるんですけども。

 近年はどんどん紙で何かを読む機会が減ってきていますよね。確かに紙媒体は重くて場所を取るし、電子版より高いし、メリットなんかないじゃんと思っている方も多いかもしれません。
 しかし紙媒体だと「気になる見出しにジャンプして、それだけ読んだら終わり」とか「リツイートして一旦読んだ気になっておこう」っていうことが簡単にできない。まあできなくはないけど、スマホと紙面とでは圧倒的にその速度が違うじゃないですか。
 紙媒体はその性質上、その出版物に書かれている言葉や思想、ねがいなどに対して、しっかり時間をかけることになります。

 インターネットの普及以降、あんまり時間をかけなくなりましたでしょ。読書だけじゃなくて、恋愛や友達関係も。そうなると、どんどん自分以外の人に関心が薄くなっていきますよね。

 それが私は嫌なんです。自分が大切だと信じるものにはしっかり時間と労力をかけて関わりたい。その「大切なもの」が惑星詩人協会員としての私にとっては「詩」ないしは「言葉」だったわけです。だから「わざわざコンビニに行って印刷しないと読めない」という時間と労力のかかる方法を選びました。

 ここまでくると出版ポリシーというより、編集者のエゴになってくるかもしれませんが、この点に共感していただける人に『遊星』を読んでほしいです。

 

 

『遊星』編集部のLINEより抜粋

 

── いやーでも、いつもちゃんと締切守って偉いなーって思いますよ。発刊後は二人で「かんぱーい!」とかやってるんですか。


シーナ:

 それが全然。体力の限界まで作業してるので「カンパ~イ!」というよりは「お疲れさまっした!! おやすみ!! バタンキュー!!」という感じです(笑)


西原:

 公開した頃にはもう、真っ白な灰になってますよね。


シーナ:

 締切がないと私たちは何もやらないタチなので。いつも締切を意識しまくって、おしりに火をつけながら作業しています。

 

 

── フィジカルな肉体、生にも、締切はあるしね。ないふりしてるだけで。


西原:

 本当にそうなんですよね。生の締切を意識するのが難しいからこそ「近日の締切」で生を細切りにスライスしないとやってけない、という面もあり。

 

 

 

── 直近、次に何かしたいですか? 「コミュニティをつくり、メディアをつくり、集いを継続しよう」という協会員として、遊星編集部として、人類として。


西原:

 僕は、表現活動なるものを「みんなのもの」にしていきたいです。たとえば歌をうたうとか、絵を描くとか、詩をよむとか。

 人間がもっとウホウホした生き物だった頃にはきっと皆がやってたものだと思うんです。なまじっか皆がやっていたことゆえに、裾野がすごく広い分野になる。裾野が広いと、そのうち超絶技巧みたいなことやるのが当たり前になる。選ばれた才能の持ち主だけに許された特権みたいになる。天才未満の人がやったら「イタい奴」として扱われてしまう。そんな状態って、個々人にとっては凄くしんどいじゃないですか。

 だから、超絶技巧・超絶才能レースから完全に逸脱した表現活動の力場というか、「私もやっていいんだ感」みたいなものを多くの人と共有していけたらいいんじゃないかと思っています。


シーナ:

 『遊星』はこれからも「形に残るギャザリング」という新しい集いの形式を追求していきたいです。口伝や即興詩も美しいですが、書き記された言葉にしかない「確かさ」、そして友人からの手紙のような「温かさ」を提供するメディアでありたいと願います。
 とにかく今は遊星の編集者として尽力しつつ、時が叶えば惑星詩人図書館も再開できることを祈りつつ。
 何者にもならず、何者にもなれない「私」を受け容れ、確かに生きていきたいです。

 

 

── お疲れサマンサ!

 

 

 

西原雨天(さいばら・うてん)

アニメーション作家 / 絵描き
1991年生。
水性ペンとCGで、実在しない生命体や未知の妖怪を生み出す活動をしている。
Zine『遊星』共同編集者。
Web:uten-saibara.myportfolio.com
Instagram:http://instagram.com/uten.saibara/
Twitter:https://twitter.com/UtenSaibara

 

 

シーナ

1996年生。
或る女。
Zine『遊星』共同編集者。