奏でる人たち:小松成彰

小松成彰

 

宇城:今回は小松さんに惑星詩人協会の旅籠である海王亭にお越しいただいています。昨夜一泊していただいてからの収録になりますね。小松さんの自己紹介をお願いできますか?

小松:小松成彰です。音楽家です。ソロでギター弾き語りなどの活動をするほかに、エレファントノイズカシマシっていうノイズバンドでディジュリドゥを演奏したりとか、ScumR&Bという、イントロとアウトロの無い、ハードコアスタイルのR&Bアーティストである、金星のゴリラ、KING KONG JAPANっていうのをやったりしています。 大学院を卒業したとき、この後どのようにして生きていけばいいか考えていた時期があって、占いに行ったのですが、そこで占い師になることを進められて、面白そうだからチャレンジしてみようかなと思って、横浜中華街で占いをしていました。その流れで実践魔術的なことにも興味を持って、それ以降、私の中で音楽とスピリチュアルというものはとても近いものになりました。音楽とスピリチュアルというものをより高い次元で、面白く融合させることを目指して活動しています。

宇城:音楽が好きになったきっかけはなんですか?

小松:音楽は小さい頃からすごく好きだったんですよね。自分がこの世界で何かをしていきたいっていう思いがずっとあって、それは多分生まれてからずっと自分のなかにある感情なんです。で、それが何かを考えた時に、自分が表現することが自分の使命なんだと思って、それでその中で特に僕が重要視しているのが音楽なんです。一番初めの頃の音楽の記憶は、父親が聞かせてくれた音楽で、Chick CoreaとStevie Wonder、それから、Deep Forest、この3枚が、私の音楽原体験としてとても重要なアルバムだと思います。

音楽を演奏するという経験で重要なのは、私の小学校一年の時の担任の先生との出会いです。この方は音楽の先生だったのですが、私が歌が上手いのに気づいてくれて、以降、小学校のクラス演劇などで主要なパートを歌ったりしました。

宇城:昨夜お話ししたことですけど、小松さんが小学校1年生の時に担任の先生が音楽の先生で、毎朝、詩を書くっていうのを日課として生徒達にやらせていて。その詩の中から1つを選んで、曲をつけ、翌朝、みんなの前で発表していたという話を聞いたんですが。

小松: そうそう、朝、学校に行くとみんなで、最近あったことを思い出して、日記のように短い文章にするんです。で、私の担任の先生は音楽の先生だったので、その詩みたいなものから音楽を作って、翌朝、朝礼の時に演奏して、みんなで歌うんです。

私の作品は、今も覚えてますよ、

 

すすき すすき ホウキみたいなすすき
魔女のホウキは すすきかもね

 

という歌ですね。この曲はすごく気に入っていて、今でも歌えます。

宇城:その音楽の先生との出会いが、小松さんにとって後の音楽との関わり方を決める出来事だったんですね。

小松:そうです。自分の中で、音楽っていうものの始まりの記憶っていうのが、どんな感じだったかな?と思うと、その先生との出会いというのは大きいと思います。ただ、音楽は評価されたけど、それ以外は、結構怒られていてました。というのも、その当時、私はものすごく落ち着きがなくて、まあ今でもそうなんですけど、ちょっと人が動いてるとか、人が空間に入ってきたとか、そういうのがすごく気になるんですよね。今は気付いても、それは自分をコントロールしたりとか、無視したりすることもできるけど、当時はそれがうまくできなかったので、すぐ反応したりとかしてたんです。あと、妄想というか、現実にいない時間があるというか、空想の世界に頻繁に行ってしまうんですよね。

宇城:授業中もそうだったりしたんですか?

小松: そうでしたね。 これは中学とか高校とかでも結構そうでした。 高校の時とかは、自分でも無意識で歌ってたりしたらしくて。

宇城:授業中に?

小松: そうです。授業中に。 なので、よく真似されたりしてましたね。

宇城:その時はちなみに何を歌ってたんですか?

小松:その時は多分、自分で作った曲を歌っていたんだと思います。

宇城:それって今思い出したりできます?

小松:うーん、ちょっと難しいですね。 もっというともしかしたらメロディーとかは無くて、ただ歌ってる風の動き(衝動)だったのかもしれない。

宇城:声は発していないということですか?

小松:発してないですね、なんかこういう動きみたいな。 (小松さん動作中)

宇城:これはみなさんにお見せしたいなあ。

 

小松成彰

 

小松:だからそれは私の人生のテーマでもあると思うんですが、すぐ現実から離れていってしまうところがあるんですよね。なのでイヤホンして音楽聴くとかは、なるべくしないようにしてます。すぐそっちの方向に行ってしまうから。すぐに現実から離れていって、想像の世界に行ってしまうところがあるんです。

宇城:要するに片道切符というか、ふわーっと空想の世界にいくんだけど、例えば音楽きいていたら帰ってこれなくなる感覚があるんですね。例えばそれってエレファントノイズカシマシとかKKJとかのライブではそういう感覚になることはあるんですか?

小松:それはないですね。私がお客様に対して提供する演奏というのは、やはり、自分をコントロールするという力がすごく求められると思うし、私自身もそういう演奏に興味があります。催眠状態には入っていると思うんですが、自分の軸をしっかりともっていなくてはならない。それから、私の中で大きいなと思っているのは、両親が美術の教師だったからか、美術作品を作るときに体験した思考方法で音楽をつくる、という感覚が結構あるんです。

宇城:それは具体的にはどういう感覚なんですか?

小松:これは感覚の話しで、説明が難しいんだけど、例えば、音楽を録音して、録音した後にミックスするっていう作業があるんですけど、それは非常に一枚の絵画を作り上げていく感覚に近いところがあると思う。あとは、デッサン。これは本当にやってみて良かった。みんなにお勧めしたい。デッサンっていうのはトレーニングをしている中で、自分の中でここは頑張りきれなかったとか、っていうところが肉眼で見える、という良さがあるんですよ。

宇城:うやむやにしずらいっていうか、自分でやったこと以上のことは起きない。

小松:デッサンはやっぱり自分を鍛えるっていうのに凄くいいなって思う。その感覚というのが、今、私が音楽に向き合う時に凄くある感覚なんです。なんていうのかな、たとえば、頭に思い描いたフレーズを、ちゃんと演奏する、ということかな。

宇城:適当にやらない。

小松: そう。そういう意識につながっている気はする。録音とかも、これで良い、と思うのと同時に、本当にそれでいいんだろうか、という感じで見ていく。なんていうのかなぁ… 絵画的な感覚なんだよね。自分の描いている画面の状態を確認するために、近くから見たり、遠くから見たりするの。完成した作品を観察して、ちゃんとバランスがとれているかとか、ちゃんと表現したいことが表現されているかを確認する。

宇城:全体像を捉えるというのは絵画的だと思いますけどね。描いている最中に、頬骨のラインがめちゃくちゃ上手く描けました、というだけでは絵画は成立しないというか。この一音は瞬間的な盛り上がりはよかったとしても、それが散漫なものだったら一つの音楽作品としては美しい成り立ち方をしていない、ということですか。

小松: そうですね。全体の調和がないと駄目なんです。

宇城:そのデッサンとかをトレーニングしてたのは、いつ頃にどれくらいやられてたんですか?

小松:美大に行こうと思ってた時だから、高校生の時ですね。

宇城:そんな時があったんですね。

小松:でも結局、美大にいけなかったんです。デッサンも上手じゃなかった。今、思い返すと本当にいい経験だったなと思います。それから、今になって思うのは、根本的に自分にちょっと嘘をついていたと思う。それはどういうことかというと、自分は音楽はとりあえずやらなくていいや、美術をやるんだ、と思ってたんだよね。それは、おそらく両親が美術教師だから、という理由と、両親への愛。

宇城:それはちょっと面白いですね。その当時、ご両親の希望はなにかしらありましたか?就職してほしいとか、こういう暮らしをしてほしいとか。音楽やってほしいとか、美術やってほしいとか。

小松: いや、そういうのは特にないかな。あんまりそういうこと言われた記憶はないけど。おじいちゃんがね、郵便局員になってほしい、というのは言われたような気がするけれど。あんまりそういう記憶はない。美大にいけなかった時点であんまり、なんかそういう話じゃなくなってきたからね。それで美大にいけなくて、短大に行ったんですよね。短大に行って、その後、就職して、CADで図面を描く仕事をしてました。それで図面を描いて暮らして行こうかなと思ったんだけど、それもちょっと無理だったんだよね。

宇城:それはなぜ?

小松:私って、もうちょっと仕事ができると思ってたんだよね。プラントの計装設計図面を描いて穏やかに日々を暮らしていこうと思っていた。だけど、全然出来なかったんだよね。それは仕事が出来ないということじゃなくて、この仕事は、この人生で、私がやるべきことじゃないんだなって凄く思ったの。この人生で自分がやるべきことじゃないなって思った。本当にむなしさを感じた。むなしいという言葉の意味を、私はこの時初めて理解したと思う。あまりにむなしくて、体がさらさらとした砂になっていってしまうようだった。そんな中で、あるとき、体調の変化を感じるようになった、PCの画面が眩しくて見れないんだ。カーテンを閉めても、PCの画面がすごく眩しい。今も、そのときのことを覚えてる。それでわかったんですけど、私は、自分で自覚する前の、おそらく15歳ぐらいから30歳ぐらいまでずっとパニック障害だったのね。パニック障害っていうのは、日常生活のなかで、突然、動機や息切れ、強い不安を伴う発作がおこるという症状のある病気。で、私の場合は、主な症状としては電車やバス、飛行機などに乗るときに恐怖を感じる。それから外食。レストランで食事をするということに恐怖心があるんです。何故、パニック障害になったのかという理由は分からない。ただ、心療内科や、スピリチュアルな探索によって分かったのは、自分にも、他人にも嘘をついてしまう癖みたいなのがあったのだと思う。自分に嘘をついているから、嘘をついた現実がおとずれる。そして、自分の中でねじれた状態ってのが生まれたんだよね。それが原因かな、という気はする。

 

小松成彰

 

宇城:嘘をつかれた感じ、というのは具体的にどういうことなんですか?

小松:本当のことを言ってもらってない気がするという感覚だね。自分に本当のことを伝えていないので、本当のことを伝えてもらえない現実がおとずれる。今もそういうのはすごく気になる。一言でなかなか片付けられないんだけど。自分だって本当のことをいえないことはあるし。でも、最近はすごく良くなって、ツアーとかいけるようになって、状態としてはすごくいいですね。パニック障害に関しては、完治するということは無いと聞いている。だから、安定した、今の状態になったんだ、という事実だけがある。

宇城:おそらく僕と小松さんは状況が良くなってきてから知り合ったんですね。その良くなってきたっていうタイミングと、KKJが始まるタイミングというのは近いんですか?

小松: かなり近いし、具体的に意味があると思う。私がおこなう創作活動のひとつひとつは、自分の中では確信をもっておこなっているけど、ばらばらに見えやすいという特徴をずっと持っていて、たとえば、音楽も好きです、スピリチュアルも好きです、という感じで、それぞれが別れて存在してたんですよね。それはそれでいいんだけど、それでいいんだったら、それでうまくいっているという現実が来たはずなんだよね。でも実際そうじゃなかった。私は分断され、迷いを持っていた。それで、30代くらいになってから、私は、統合化という言葉を使うけど、KKJを始めて、音楽的なものと魔術的なものが統合されてきたように思うんです。エレファントノイズカシマシも僕個人としてはそう。音楽と魔術が統合されている状態。

宇城:僕も全てバラバラななかで、例えば消防士とダンス、陶芸とか、すべてバラバラな状態でやってたから、それでうまくいってなかったことがあって。仕事やめて火を焚いてつくる、というとことから統合されてくるようになって。今は火というイメージのもと、踊りも占いも陶芸もあって、あぁ確かに統合されてきてる、という感じで、病的なつらい状態から抜けてきた。小松さんは、KKJを始めたから良くなってきたのか、良くなってきたからKKJが始まったのか、どういう感じがありますか?

小松: それはやっぱり同時ですね。しかも、それは創作という話だけで片付けられない。やっぱり色んなものを試しました。私は特に肉体からのアプローチを大切にしています。体を温めるとかね。体のどこから熱を逃がすのか。どういうものを食べるか。食べ物の温度、質、状態はどうか。食事の時間、量はどうか。いつ寝るのか、どうやって体を休めるのか、どのように呼吸するのか、とかそういうことを、冷えとりとか、アーユルヴェーダの考え方を基本に、自分なり組み合わせて試していた。あとは、まぁ実際に旅行や食事に行くとかね。単純に。

宇城:かつてブロックであったことをやってみる、という。

小松:そうそう。実際に店に行けなければ、グルメ番組を見てみたりとか。自分なりに向き合ってきたというのはあるから、必ずしも30代になっていきなり全部がうまくいきました、ということはなくて。努力というか、問題に対するアプローチは普通にしてた。あとは、根本的な問題として、たとえばパニック障害で電車に乗れないという人は普通にいるんですけど、「じゃ私は車で移動するわ」とか、そういう生き方もあるわけ。でも、私は、この人生で音楽を続けるにおいて、ライブをするってのはとても大事な要素だなとは思っていて、ライブをするっていうことは、やっぱり旅をするっていうことなんだよね。旅をするっていうことは外食は必須なんですよ。だから絶対に向き合わなきゃいけなかった。パニック障害でも必ず。どうしても、自分なりに食べて死なない程度にはならなきゃならなかったんです。それで、外食とか、移動とか、外泊とか、自分が恐怖感を感じる、そういうものにアプローチしていった。

宇城:僕個人としては惑星詩人協会はお泊まりとか旅とか、人が集まるところにお邪魔していく、ていうこととか、それこそ小松さんが、昔、不得意としていたことを、メインでやっているような集まりですよね。僕はそういうのが苦手な人たち、普通に症状として苦手な人たちがいる、ていう感覚が少し足りなかったな、というのは反省しています。

小松: そんなことはない。あなたが、そんな風に感じることはない。私も楽しんでるんだよ。それから、多分、私は根本的には旅が大好きなんだ。本当に好き。料理も超好き。愛している。ただ愛しすぎてしまうことがあるだけ。食べることはどうだろうな、普通かもしれない。パニック障害になった最初の頃は、このことは分からなかったけど、だんだん自分で向き合ってるうちに、これは怖いというよりも、むしろ愛してるんだな、と思った。こういう状況で食べたい、とかこういうものを食べたい、とか、そういうのに自分なりに関心があって、そこにこだわりがあるんだよね。だから別に嫌いじゃないんだ。むしろ愛している。愛しているから、恐怖が生まれたりとかする。音楽も愛しているから、向き合えなかった、というのがあるかもね。愛しているから、漠然とした、おれはこれができる、という、なんとなくの感覚だけでやってきてしまった、というのがあると思う。今は、それは良くなかったと思ってる、音楽は甘くない。音楽をやるのなら、音楽を学び続けなければならない。

 

エレファントノイズカシマシについて

 

小松:短大いった後くらいから、少しずつライブハウスに出演し始めました。ギター弾き語りだったり、バンドだったり。そういう感じで音楽はやってて。ある時、高円寺にあったミッションズていうライブハウスで、片岡フグリさんと私が出会ったんです。

宇城:もともと知り合いだったんですか?

小松:知り合いじゃない。そのライブハウスで初めて出会ったの。彼と初めて出会った時、私がギターボーカルで、もう一人ギターで、あとサックスというトリオで演奏をしていたんだけど、私たちの演奏を凄いニコニコして聴いてる人がいて、それが片岡さんだった。ニッコニコだった。彼が私の弾き語りを評価してくれて、イベントに呼んでもらって、だんだんと仲良くなっていった。それで、私が片岡さんに、片岡さんは弾き語りのほかになんかやってるんですか?って聞いたらノイズバンドやってますと言うので、それは素晴らしい、是非私も参加したいです、と言ったら、いいですよ、ということになり、エレファントノイズカシマシのスタジオリハーサルに参加しました。それがきっかけです。

宇城:そうなんですね。

小松:1回目のスタジオだけはギターを弾いてたんだけど、ギターでノイズって普通にあるから、これはディジュリドゥで演奏した方が絶対面白いなと思って、今はディジュリドゥ演奏で参加しています。

宇城:エレファントノイズカシマシのメンバーについてきいてみたいんですけど。

小松: エレファントノイズカシマシは、片岡フグリさんと、小林椋さんという2人が多摩美術大学で始めたバンドです。それから、いろんなメンバーを入れていって、今のメンバーは、片岡フグリ、小林椋、VAMPIRE✞HUNTER™、AK.okamoto、小松成彰、Σの6名です。

宇城:エレファントノイズカシマシに入る時点で、小松さんはノイズ詳しかったんですか?

小松:興味はあったけど、詳しくはなかった。今も、ノイズミュージックに詳しいわけではないです。ノイズに関していうと、私はジャズが好きだから、フリージャズからの入っていったという感じです。フリー的な演奏というのはやったことがあったので、ノイズバンドに入ったら、それをより進化させた状態で演奏できるんじゃないかなと思ってエレファントノイズカシマシに興味を持ちました。ちょうど、友人の誘いで、ディジュリドゥ演奏家のGOMAさんの教室で、ディジュリドゥを習い始めたし、6人で演奏するノイズのバンドていうのも珍しいと思ったから、やってみたいなと思ったんです。

宇城:現在はツアーで全国にいっていますね。

小松:沖縄から山形くらいまでは行ったことありますね。よくツアーで行く土地は、大阪、名古屋、京都、が多いかな。東京を拠点として関西にいくという感じですね。

宇城:この前初めて演奏聴いたんですけど、本当に良くて。ちょっとトラウマみたくなってる災害現場の映像が物凄く浮かんで、それを再体験するような感じになりました。そして、再体験しっかりし尽くすことによって、なにか滞ったものが流れ出す、昇華する、という体験をしたんです。

まずカッコいいし。現代的な、その辺にあるものを使って奏でつつ、喋ってる人がいて、フグリさんがいて、痙攣して、で後ろではずっと小松さんがディジュリドゥを低いトーンで吹いている、ていうあの階層が、今の日本、今の世界みたいのも凄く感じて。ドーンていう地球のテーマみたいなものとして、通底するディジュリドゥがあって。その上にいろいろな電子音とか金属のコイルみたいなマテリアルが何層も重なって、多層な音の空間というものを出していて。凄くよかったです。あれは聴きに行くというより体験しに行く、という感覚がありました。また体験したいです。

小松:ディジュリドゥの力がすごくて。何をしてもディジュリドゥがちょっと添えられると、まとまるんだよね。 そういう強い包容力みたいなものがディジュリドゥにはある。それがノイズという音楽と合ってるというか、ムチャクチャなことやってもしっかりと支えられる。ただ、同時に、ディジュリドゥの隠蔽力がすごくて、扱いに注意しなければならない場面もあるね。

宇城:エレファントノイズカシマシのCDも出てるんですよね。

小松: CDも何枚かでてます。あと、ダウンロードコード付き石というのをリリースしました。石が今、最新の作品です。かなり聴きやすい音楽作品になったと思います。一番聴きやすいのが石です。石に収録されているのは、13分くらい楽曲、1曲のみです。ライブでもだいたい1曲ですね。一応構成とか決まっていて、完全に即興かというと、違うんだけど、全体をこういうデザインにしましょう、最初こういう空間で、次はこういう空間にしましょう、というのが一応決まっています。

 

 

KING KONG JAPANについて

 

宇城:ノイカシの活動は続いていく、ということですね。では、ここからKKJの話を聞いていこうと思うんですが。なんかKKJを始めたタイミングがある、と聞いているんですが、KKJを始めたときの話を聞かせていただけますか。

小松: 2014年10月6日。その日に大宮ヒソミネというライブハウスでエレファントノイズカシマシのライブがあって、その帰りに、なんかこう、ぼんやり考えてたんですよね。なんかもっと自分らしい音楽ができないかなぁと思っていて。その時に私がやってたのは、ギターの弾き語りと、あとエレファントノイズカシマシ。もっと自分らしい音楽できないかなぁと思っていて。それで、そういえば私は、R&Bとかジャズとか好きだったよなと思って。もっとそういう自分らしい音楽できないかなぁと思ってた時に、思いついたんだよね。家の近くの坂の階段登りきったあたりで、KING KONG JAPANのやり方を、ほぼ全部を思いついた。そのときのことは、今でも覚えてる。ドゥーベ、シリウス、金星から来たんだ、というのと、ポジティブなメッセージを喋りながら、イントロとアウトロの無い、短いR&Bを連続で歌うスタイルであること。体毛が金髪であること、重力を感じさせない動き、あと2曲思いついた。私は数秘術的に言うと、29の11の2、ていう数字なのね。11ていう2つの1が含まれてて、これは自分の中では結構意味があることで、たとえば、何かを始めるときに、2つ同時に起こるってことが多いんだよね。2曲、同時に作曲するというのはよくあるんです。

宇城:その時に瞬間的にKKJに関してだいたいのことが決まって、曲を作り始めたんですね。

小松:それでその数日後くらいにはもうサンクラに曲アップするっていう活動を始めた。あとツイッターで朝のゴッドスカムゴリラチャネリング占いをやったりとか。そういうKKJとしての活動を始めたんです。

 

ゴッドスカムゴリラチャネリング

 

宇城:朝のゴッドスカムゴリラチャネリング占い。あれは毎朝チャネリングしてるんですか。

小松:そうだね。チャネリングしてる。

宇城:それは、KKJにチャネリングしてる?

小松:そうだね、一回意識を金星に飛ばして、金星のKKJの視点から金星を見渡したりとか、それから地球を見渡したりとかして、状況をみる。KKJに入り込んでいく感じだね。そこで得られたビジョンを詩的な占いとして提供するわけなんだけど、チャネリング占いとしてツイートにする上ではそれだけだとちょっと判りづらいことも多いから、最近は割とこう日本語で読んでわかりやすくなるように、ある程度は意識しています。それから、今の世界の状況とか、気象情報とか、そういうのも鑑みてますね。

宇城:結構具体的なワードが入ってくる占いじゃないですか。なんか金星からのメッセージなんだけど、すごく親身な感じがあったりして。具体的な状況が思い浮かぶようになってる。

小松:チャネリング占いに関していうとそういう側面が大きい。非常に抽象的なビジョンとか感覚というのを言葉で表現するために、こういう詩的な状態にした、ということはある。それから横浜中華街で占いをしていた、というのも大きいです。いつ結婚できますか、とか、子供が引きこもっています、とか、旦那さんが逮捕されましたとか、そういうのを占うというのも勿論いいんだけど、占いの最大の面白さというのは、私は神秘的な感覚を得る、ということだと思っているんです。神秘的な感覚というのを感じてもらうのに、より良い方法として詩的な表現を選んだんだと思う。

 

作曲について

 

小松:チャネリングでキャッチするものっていうのは非常に抽象的なものであることがある。例えるならムードやスピリットという感じ。ゴッドスカムゴリラチャネリングも、作曲する作業も、ある種のムードに現実としての肉体や、質量を与えていく作業だと思う。そしてそれは、やっぱり、ものすごい気を使う。それに、フレッシュな状態でチャネル可能な時間というのは、とても短いんだよね。本当に一瞬で勝負が決まるというか。それは、もう、まるで格闘技みたいな感じで。霊感を受けたとき、どれだけ踏ん張れるかが、かなりポイントだと思う。

宇城:それはどれだけ集中を持続するか、みたいなことなんですかね。

小松: 以前、アーティストの武田理沙さんと同じような話をしたんだけど、音楽の着想、またはアイデアが自分に語りかけてる瞬間は、まだその音楽に抽象的な状態であって、同時にすごく可能性があるんだけど、それを自分が形にしていく、例えば、音楽だったら具体的な音列にしていく、ハーモニーにしていく、リズムを与えていく、そういう段階の時に、なるべく最初のいい輝きを保ったまま地球に降ろしてきたいのね。このエネルギーを変換するという作業が作曲において、ものすごい大事な瞬間なんです。そして、これは程度時間が限られていて、そんな長い間交信できるものじゃないんだ。ある程度の時間のなかで最高の状態で地球に降ろしたい。地球に降ろすというのが重要で、音符として記録したり、歌として記憶したりすると、抽象的な話になるけど、そこに物質感とか重力とかが生まれるのね。一度、形にしたものをもう一回、スピリットに戻すのは難しいんだ。ほぼ一発勝負、一瞬で勝負が決まる。このチャネリングが始まった時のために、音楽家は常に音楽のトレーニングをするんだと思う。トレーニングというのは、私の場合は、音楽理論を勉強したり、歌を練習したり、ディジュリドゥや、ギター、ジャンベ、ピアノなどのトレーニングを通じて、自分の音楽の基礎体力を高めるという作業です。

宇城:降ろすのが、一発勝負?

小松:一発勝負と言っていいと思う。そこで最適な選択をするために、いろんなトレーニングをする。

宇城:それは陶芸と近くて、たとえば、今、すごくいい感じで、繋がってる感じがあるんだけど、その瞬間を逃すと、普通に作るのと同じになってしまう。チャネリングした状態で形をつくってるんだけど、そういう時にしっかり技術がないと、せっかく来たものをそのまま形にできないというのがある。

小松: やりすぎちゃったりとかね。どこで止めるか、とか。

宇城:そのアクセスする時というのは、毎回アクセスする対象は違うってことですか?それとも、毎回、同じなんでしょうか?

小松: ちょっとそれはなんとも言えない、特に音楽に関しては、聴こえてくる、という感覚が大きいんだよね。こういうムード、というのがあって、それに体が反応する、ということがあると思う。ムードを感じる。すると僕の体が反応して、あるひとつのハーモニーとか音列を表現する。体が反応するということもあるし、実際にメロディが聴こえてくる、ということもある。今、何かが語りかけている。そういう領域に入ったんだ、ということが、自分でわかるという感じ。

宇城:なんかゾーンに入った感じ。

小松: ゾーンという言葉も、僕はあんまりピンとこないんだけど、でもまぁそういう状態になったんだ、ということだね。今、語りかけられてるんだ、という感覚。

宇城:それもある意味チャネリングになるわけですよね。

小松:自分が意識してるから聴こえてくるっていう場合もあるし、全然関係なくなにかを感じ取るっていうこともあるね。

宇城:自動書記的な感じになる時もあったりしませんか。完全に自分が依代になってるみたいな。ビビビと来て、チャンネルが合って、自分があんまり考えずにそのまま書き上げちゃうみたいなこと。

小松:あんまり、ないかなぁ。自動書記がそのまま使えるってことがあまりないというふうに感じています。プロセスとして、その一番最初、今の話のなかではムードという言葉を使って表現している領域、そこからハーモニーなどつけて肉付けしたっていう領域があって、構成はこれでいいのか、他にあるモチーフ、もうすでに完成しているモチーフとの組み合わせみる、とかいろんな工程を経て、音楽を磨き上げ、最もいい状態にしていく、洗練させていく、という作業が絶対必要だと思う。で、その中には、これはKKJで表現するのが一番いいかな、とか、これはノイカシがいいかな、これはソロで表現するのがいいかな、とか、そういう選択をしていく作業もある。

宇城:では、先に小松さんがいて、そこにやってきたものを、KKJか、ノイカシか、小松成彰か、どこでアウトプットするかを選ぶんですね。

小松: 選ぶ場合もあるし、初めからKKJの曲を作りたいなと思ってそのまま素直に完成に導かれていくということもある。そこはいろんなパターンがあるという感じかな。そこの出口が割とこの2、3年、すごく整理されてきて、以前に比べたらわかりやすくなったんじゃないかと思ってはいるね。ちょっと戻るんだけど、武田理沙さんと話してた時、武田さんも、あーちょっとわかります、とは言ってくれたんだけど、ムードを感じ取ってから、形にするまでというのは、針穴に糸を通すみたいな感覚なんです。針穴と糸がだんだん近づいていく。後戻りは出来ないし、そんなにゆっくりとした時間はないわけ。一発勝負。ここで針穴に糸を通せないと、うん、力不足だった、という感じ。

宇城:針穴に糸を通す。針穴と糸が徐々に近づいていって、時間が限られている、というのもよくわかる、というのはそれは持続しない感覚で、持続してたらまずい、料理とかつくれない、びっときてる時間は短いと。で、それを通せなかったら何も具現化されない、という感じ、でいいのかな。

小松: 具現化されないっていうよりも、またいつもの感じになっちゃったな、ていう感覚かもしれない。具現化は一応されるけど、自分の中で新鮮味、または少なくとも自分の理解している音楽の歴史とかと照らし合わせてみて、そんなに面白い世界に到達出来なかった、ということはあるね。

宇城:針穴というものが何で、糸がなんなのか。これらは、なにを象徴してるんでしょうか。

小松:ここで意味しているのは、範囲が狭い、ということなんだ。狭いところに糸を通す、ということをやろうとしている。それは比喩で、実際には、まだ地球に存在しないものを作ろうとしている。そういう難しいチャレンジをしている、ということの象徴として話している。成功とか、目指すもの、目指したいと思っているものは凄く狭い、超狭い。ほんとに集中して、一撃で通せなかったら、全くそのチャンスはない、というような感じですね。

宇城:針穴に糸を通すという状況は次、いつくるかはわからない。

小松:わからないし、基本的には二度とはない、というものです。いつ何が語りかけてくるかわからないから、その時のために、準備しておく、ということが私たちアーティストの務めです。こんな風にいうと大げさに聞こえるかも知れないけど、今日の朝、宇城くんの家で寝てたら音楽を思いついたので、それを録音しましたよね。ああいうことを日々積み重ねていく感じです。そしてアイデアを、さらに研磨していくというか、鍛えていく、洗練させていく、という作業が必要です。音楽がどこに向かいたいのかを感じ取り、何を生かして、何を殺すかという判断力も大事。私の場合は、ひとつひとつ判断していく、という感覚も割と絵画から得たものかもしれないです。一回一回確認して、ちゃんといい状態に向かってるか、確認するっていう作業ですね。それから、絵画で学んだことの一つは、なんかこう、えっとね。いい絵というのは、もう最初からいいんだよね。

宇城:どの時点でも関係なく。

小松:いい絵描きの人は木枠にキャンバスを貼った状態からオーラがあるし、そこに一本線をひいた状態でもうかっこいいし、かっこいい状態がずーと続いて、完成してもかっこいい、これがいい絵描き。

宇城:ダンサーもそうですよね。立っているだけでかっこいい、始まる前の空間からかっこいい、本人がまだ舞台に居ないのにムードがある感じとかありますね。それはすごい共感できる。

小松:最初にビジョン受け取り、そこからリズム、メロディや、ハーモニーを立ち上げ、さらに様々なアレンジや音楽的な整合性をとっていったり、それをどういうスタイルにしていくかを考えたりする。そういう様々な段階で、常に最初に受け取った身震いするような美しい状態を、なるべく最後まで保ちたいという思いがあります。

 

美しさ

 

宇城:美しさっていうのはテーマなんですね。

小松:テーマだと思う。それはなんでだかはわかんないんだ。とにかく、美しいていう感覚がなんか好きなんだよね。で、なんだろうな、もう、ちょっと自分でもわかんないんだよな。なんかもっとさ、俺が美しくなってもいいもんだと思うけど。だから、多分これからのテーマなのかも知れないね。これから変わっていくのかな、という気がする。

宇城:昨日、たまたま小松さんの、数年前の「おはようございます☆小松です☆」シリーズの写真を見ましたけど、小松さんって変わったな、という話をしましたね。

小松:美しくなりたいんだよね。多分。例えば自分の性器のかたちとかがあんまり好きじゃない、とか、なんか女性器のほうがカッコよくないすか、と思ってる自分がいて。でもそれは女性になりたい、とはちょっと違うんだよね。セクシャリティとしては、私はやっぱり女の子が好きなんですよ。だからこの感覚はなんなのかなあって思ってます。そういえば、昔、大学で心理学の講義を受講してた時、体は男性、恋愛対象が女性、で心が女性という人もいます、という話を聞いて、なんというか、すごい腑に落ちたんだよね。

宇城:性自認が女性で、恋愛対象が女性だけど、体が男性。

小松: そういう人もいます、という話を聞いて、すごい納得した。はじめて買ってもらった自転車とかピンクの可愛い女の子のタイプのやつだったし。そういうのはちょっとあるかなと思う。私の中で、美しさを追求したいなと思ってる自分と、そんなんどうでもよくないすかみたいな自分、ふたつの混じりあいの中で、今まで生きてきた気がするのね。だから先はもうちょっと美しくなりたい。それは自分の中のテーマではある。どういう感覚になっていくかというのは、ちょっとわかんないんだけど。

宇城:面白いですね。その中で女神みたいなものをチャネリングしたりじゃなくて、金星からきた金髪のゴリラをチャネリングしたんですね。

小松:それは、美しさというテーマのほかに、父性、神性、といった要素が入っているんだと思う。現象、不条理、強制。有無を言わさず、全てを美しくしたいという思いが反映されている気がする。それから、例えば自分が男性が好きな女性だとして、こういう男性がセクシーかな、と思う感覚を表現しているかも知れないし、または自分の中で日常であんまり表現できない、父性というか、男性性を、自分にとって理想的な形で表現しているかも知れない。

 

グッド&バッド

 

宇城:ライブの時の、グッドとバッドを聞きたいんです。ライブの時は勝負であるわけで、やりなおしはきかない。そういう意味で、占いとライブは、近いかなと思うんですけど、ライブのグッド&バッドってありますか?

小松:基本的に、バッドということはないよね。それはなんて言うんだろうな、基本的にはちゃんとトレーニングができてるし、例えばミスしたとしても、それをリカバーしてやるしかないし、だからあんまりグッド&バッドていうのは、意識してないかも知れないね。グッド&バッドというか、良くするしかないから。グッド&バッドという意識はないね。というよりも、良くするしかない、という意識なんだよね。どんな状況でも、良くするしかない。それは全てに共通する。弾き語りでもKKJでもノイカシでも。ライブが終わった時、良くするために手を尽くしたんだ、という感覚が自分の中にあるから、特別に良かった悪かったというのは自分のなかでは無い。

宇城:電車に乗るのが大変だった。音楽やるのに必要だった。でも、それに向き合って、良くするしかない、という考え方。それが小松さんのベースのような気がしますね。その潔さていうか。

小松:それはあるね。それが魔術に傾倒し始めた理由でもある。中華街で占いをやっていて、それでいろんな質問を受けたりするんだけど、恋人ができますかとか、引っ越しどこがいいんでしょうかとか、そういう占い内容は多いよね。まぁそれも占うのもいいんだけど、結局、幸せになるしかない、ていう感覚はあって。だったら幸せになるために必要なマジックを起こす方法を学ぶことの方が自分としては興味があるかなと思った。ライブのグッド&バッドていうか良くするしかないんだよね。

宇城:僕の場合には占いにくるクライアントの方は、良くする手があるなら、それをやろうという感覚じゃなく、なんかふにゃふにゃしちゃうという人もいる。

小松: そういうのはあると思うけど、今は、ライブという特殊な状況の話だからね。私はライブ演奏をするために特別な訓練を毎日続けている人間だから。手が打てるなら100%打つよ。でも日常生活でどうするかとはまた別の話だから。日常生活だったら打てないこともあると思うよ。だけど、日常生活でも良くするしかないよね。

宇城:人生も、大筋ではライブという捕らえ方もできますか。

小松: そう言われるとライブと人生で似ているところはあるかもしれない。ライブと同じように人生を生きることができるかは解らないけど。まぁ、あんまり自分としてはクヨクヨしてないんだよね。クヨクヨしてないていうかね。座右の名じゃないけど思ってることがあって。限界という地点って、そんなに遠くにはないと思ってるんだよね。限界って結構近くにあると思ってるの。なんていうのかな、もっとできたんじゃないかとか、そういうことは基本的にはないと思ってる。その時できなかったら、その時はそれが限界だと。精一杯やった。満足。それが実力なんだという、認めね。だから、できなかったということでクヨクヨするっていうのは、あんまり僕の場合はない。

宇城:限界を遠くに設定するってある種の幻想が生まれますよね。なりたい自分の像をかなり遠くにおいちゃう場合があって、その幻想に振り回されるということも起こるわけじゃないですか。もっとできたはずなのに、なんでできなかったんだ、という。でも、小松さんの言い方をすれば、いや、これだけ出来たじゃないか、と捉えることもできるわけですよね。

小松:これだけ出来た、ていうか、それをやったんだ、という感覚かな。

 

旅について

 

宇城:最後に、惑星詩人協会だから旅がテーマなんだけど、今まで旅行した中で一番よかったという場所はありますか。

小松:肉体的な旅じゃないけど、精神的に恒星や惑星を探索する、または自分の子供の頃や、未来や、前世を探索する、というのはすごく印象に残ってる。私は、びびこさん、谷原由美さん、松村潔さんのもとで、そういう精神探索をしたんだけど、これは精神的な旅だと思う。私はそれはすごく好きだったし、やってみて本当によかったなと思っている。これは自分の宇宙とか、自分の神話を獲得していく物語なんだよね。私はそう捉えてる。KKJには、私が精神宇宙探索をして感じた情報が多く含まれています。それから、精神探索をしていく中で、同じように探索を続ける仲間達と知り合えたことも良かった。地球には、今もこうやって、精神的に様々なポイントにアクセスし、探索を続けている人が沢山います。彼らは旅人。そのことは私にとって希望で、救いでもあります。

 

小松成彰

 

小松成彰 http://komatsunariaki.jimdo.com

 

ききて:宇城 飛翔 / ウシロ アスカ
陶芸家 / 1990​年生
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レスキュー隊員として消防署に勤務する中、陶芸に出会い作陶を始める。

日本舞踊、ストリートダンス、現代魔術、タロットリーディング、ヨガをライフワークとし「踊り」と「ものづくり」の交点から、現代におけるシャーマニズムの実践・研究に取り組む。

惑星詩人協会 : BARDS Tokyo / BARDS London / BARDS Berlin / 海王亭主催
http://planetarybards.net/

タロットリーディングユニット「Ecstasy Tarotblade」
極彩色プロジェクト「Code Animatic」「404」