エデンの西:熟睡ギャザリング、西海岸発スリープコンサートが眠い

皆様、初めまして。

京都とサンフランシスコを数ヶ月おきに行き来している、流浪のタイムトラベラー、かなゑと申します。惑星詩人協会京都ロッジに所属しているご縁から、このSOLAR3RDに旅行記的なものを寄稿させていただきます。

 

今回は、人類にとって欠かせない「眠り」をテーマにした、”Sleep Concert” についてレポートさせていただきます。日本ではまだ大きな話題にはなっていないようですが、現在、世界的に静かなムーブメントが起きつつある音楽シーンです。

それは深夜に開演し、インターバル無しで翌朝まで演奏され続ける、大人の為の密やかな音楽会。オーディエンスは、会場に用意されたベッドや各自が持参した寝具で眠りながら、又は起きながら、8時間前後の時を思い思いに楽しむ、というスタイルのコンサート。

私がその存在を知ったのは数年前、「ええアンビエント音楽はねえがー」となまはげ状態でネット上を徘徊していた頃です。その時にMax Richterという人物に行き当たり、彼が演奏時間8時間半に及ぶ、”SLEEP”という楽曲を発表している事を知りました。


M. RICHTER | SLEEP (Amazon)

 

1966年にドイツで生まれた英国育ちの彼。英国王立音楽院でピアノと作曲を学び、現代音楽の世界で頭角を示して「ポスト・クラシカル」というジャンルを確立した一人とされています。クラシックの手法に根差しながらも、彼の紡ぐ旋律にはエレクトロニカ、ミニマル音楽に通じるものがあり、普段はクラブミュージックを好んで聴いている私も、肩肘張らずにチルアウトなノリで聴ける感じ。

インテリアでイメージすると、極限まで削ぎ落とした和モダンとでも申しましょうか。その繊細さと洗練具合に、凄いの見つけちゃった!と興奮したのを覚えております。

ただ洗練されているというだけでなく、炎症を起こして熱くなった傷口に、冷たく柔らかい手を当ててもらっているような感触。以来、精神的に弱ってしまった夜など、すがるように彼のアルバムを聴きながら眠り、翌朝は起死回生なんて事が何度もあり、いつも助けてもらっています。

 

 

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さてさて。

前回私がサンフランシスコに滞在していた期間中(2018年2月~5月)、なんと!Richter氏を含めた、三人の違うアーティストによるスリープコンサートに行く機会に恵まれたのです(こういう情報を教えてくれる音楽マニアの友人が現地にいるというのは、ホントに有難い)。

まず第一弾は、地元カリフォルニア州出身の音楽家、Robert Richによるもの。

 

画像出典元 https://www.discogs.com/ja/artist/12007-Robert-Rich
Robert Rich [wiki]

 

1963年生まれの彼。子供の頃、趣味で育てていた多肉植物にクラシック音楽を聴かせていた事から音楽に目覚めていったというおませさんだったようです。13歳頃から、彼の心に浮かぶ「音」を再現する為に、電子楽器を自作したり独学で様々な作品を発表し始め、今やアメリカではアンビエント、ニューエイジといったジャンルの大御所的存在となっています。

恥ずかしながら私、スリープコンサートという形態は、近年にMax Richter氏が提唱したものだとばかり思っていたのですが、実はRich氏の方が古参で、彼がスタンフォード大学に在籍中の80年代初頭から取り組んでいたとの事。恐らく、植物に音楽を聴かせていた少年時代の心のまま大人になったような人なのでしょう。

因みに、植物絡みというか、この時の彼のコンサートのスポンサーは、ディスペンサリー(薬局)と一般的に呼ばれる、医療・娯楽用大麻の販売会社で、会場でも大麻商品が色々と売られておりました。大麻合法化が大きな潮流となっている海外では今や普通の光景で、日本でイメージされるようなアンダーグラウンドな雰囲気は一切なく、寧ろトレンディな健康食品くらいの扱いになっています(大麻のソムリエ的なバッズ・テンダーと呼ばれる職業まで存在します)。

 

会場に貼られていた、スポンサーである大麻会社のポスター

 

会場は、お世話になっていた友人宅から徒歩数分の距離。パジャマに上着を羽織り寝具を抱えて道を歩く我々は、ホームレスか何かと思われたかもしれません。サンフランシスコでは、地価高騰による家賃と物価の値上がりが原因で、増え続ける路上生活者の問題が深刻化しています。お洒落なイメージがあるかもしれませんが、富と貧困の二極化をダイレクトに感じる街でもあります。

元映画館をライブハウスに改築した会場には、寝具を持ち込み部屋着で寛ぐ100名程の老若男女。Rich氏本人による短い前説の後、コンサートは始まりました。

水面を揺蕩うような、遠くから聞こえてくる穏やかな旋律。川のせせらぎや風のそよぎ、鳥のさえずりのような音に包まれ、人工物だらけの空間が一気に自然界に変容し、そのあまりの心地良さに即座に眠りに落ちてしまいました。

次に意識が戻ったのは翌朝、演奏終了時の拍手の音に驚いて目が覚めた時。体感的にはほんの数時間の意識喪失で、三途の河で遊泳して帰って来たのかしら?と思う程に、随分と深い所までダイヴしていたようです。飲み過ぎて記憶を失くすなどの経験はした事が無かったのですが、自分の中から一定の時間がぽっかり空白になるとはこういう感覚か、と狐につままれたような気分になりました。

この時のライブ演奏は以下のサイトで公開されておりますので、皆様も是非プチ臨死体験されてみてくださいませ。

Sleep Concert at Gray Area, 24 Feb 2018

 

 

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第二弾は、ニューヨーク在住の映像・音楽作家、William Basinski によるもの。

画像出典元 https://williambasinski.bandcamp.com
William Basinski [wiki]

 

Basinski氏は1958年ヒューストン生まれ。70年代から実験音楽やアンビエントのジャンルで活躍している重鎮で、短いメロディーをいくつも重ねて延々とループさせるという手法で楽曲を発表しています。映像作品なども手掛けているので、音楽家というよりも、コンセプチュアル・アーティストといった佇まいの作家です。

前回のRich氏のスリープコンサート時にはペラペラの寝袋を持参し、床が固くて後悔したので、この時はクイーンサイズのエアマットレスとフカフカの羽毛布団を勇んでセッティング。通りすがりのパンクなお姉さんに、「貴方達、何て用意がイイの!私も仲間に入れてよ!」と言われ、愛想よく「カモーン」と応じた瞬間にお姉さんダイブ、マットレスが突然3Pモッシュピットになったのは素敵な思い出です。寝具は可能な限りラグジュアリーに。これはスリープコンサート参加時の鉄則かもしれません。

さて、Basinski氏のコンサート。背後のスクリーンいっぱいに、彼の映像作品が流れておりまして、曲とシンクロした巨大なオーブがうねったり破裂したりと、幻想的な空間を生み出しておりました。宇宙空間に浮かんでいるよう…なんて書くと陳腐ですが、もう自分がどの時空間にいるのかどうでも良くなり、いつまでも此処に漂っていたい!と、全身全霊の恍惚状態。

例えるなら、映画「2001年宇宙の旅」の例のシーン(?)のアンビエント版、みたいな。それが8時間、フカフカお布団に包まれながら、背後から愛する人に抱きしめられながら(先程は友人と濁しましたが、実はダーリンなのでした。てへぺろ)ですよ。これを至福と言わずしてなんと言おうか!

参考画像:「2001年宇宙の旅」画像引用元:kubrick.blog.jp

Basinski のコンサート後に見た、朝日に映えるベイブリッジ

 

眠りに落ちるのが勿体無くて、その束の間の亜空間を朝まで起きたまま堪能したのですが、翌日は眠気を覚えるどころか、なぜか一日中爽快な気分でした。未来人や宇宙人と交流出来るという某チャネラーの話によると、300年後の人類は全く病気にならず、睡眠も必要としなくなるそうです。こういう体験をすると、その眉唾な話も少しは信じられるような気がします。

 

 

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さて、最終の第三弾は、Max Richter氏の登場です。

画像出典元 https://www.universal-music.co.jp/max-richter/biography/
Max Richter [Wiki]

 

これはサンフランシスコではなくニューヨークで行われました。ええ、この為だけに、アメリカ大陸を横断して行ってまいりました。何故そこまでするのか?と問われれば、まぁ、超個人的でどーでもよい話ですが、サンフランシスコでの滞在中、自分の中で何かが覚醒した感覚がありまして、心の底から、この世界を歓喜の光で満たしたい!なんて熱い思いがマグマのように噴き出していたのです(不治の中二病なのですみません)。

そんなタイミングで、開催が危ぶまれていたニューヨーク公演実現の一報が入ってきまして、「人々に安らぎを与えているスリープコンサートに、私は人類代表として召喚されているのだ!そのミッションの重大さに比べたら、大陸往復突貫旅行など大したリスクではないわ!」と…。直感=思い込みって大切ですね。

鼻息荒く崇高な使命感を持ってスリープコンサートに挑んだ私。ニューヨークに到着し、ブルックリン在住の別の友人に会いましたら、「朝まで数百人がベッド並べてって…禁止事項とか何もないの?」とニヤニヤ含み笑い。そこでハタと、全く予備知識の無い人からしたら、アナーキーなORGYパーリーと思うのか!と。一つの対象物に対して様々な受け取り方があるのね、と改めて気付き目から鱗。いや、実際にそういう趣旨でも行ってみたい気がしますが。

会場は、ニューヨークの最先端クリエイター達の発信地となっている、スプリング・スタジオ。911以降にニューヨークの復興を願ってスタートしたトライベッカ映画祭を始め、数多くのファッションショーやコンサートの舞台となっている場所です。この時のスポンサーはマットレスメーカーの”Beautyrest”という会社で、全てのオーディエンスに極上のベッドが用意されていました。このタイアップは実にwin-winな案だと思います。スポンサーのブランドイメージの向上だけではなく、商品の寝心地を実際に一晩寝て試してもらえる訳ですからね。

 

会場の風景

 

私の寝床の真後ろは、アメリカのリアリティ番組に出てきそうな、セレブリティ風パーリーガール二人組。布面積の非常に小さいネグリジェをお召しになり、戯れ合う猫のような媚態を魅せつける彼女達を、周囲のアメリカンガイ達は皆憚る事なくガン見。そんな交配相手を探すのに血眼な獣状態の人々を観察しながら、もしや本当にアナーキー、フリーラブ&エロスなパーリーに来てしまったのか?とドキドキしました。

そんな私の心配をよそ目に、コンサートは始まりました。(前説では、イビキをかく人がいても、それもサウンドの一つと思ってお楽しみください、なんてユーモアのあるお言葉も。)

先ほどのパーリーガール達はまだキャッキャウフフと落ち着きない様子でしたが、暫くするとそんな彼女達も、そのヒンヤリとした甘い蜜のようなゆったりサウンドに、ゴロゴロと微かに喉を鳴らし目を細めて丸まる仔猫ちゃんに。パリス・ヒルトンが毒牙を抜かれて急にダライ・ラマの絵本とか読み出しちゃうような変化。

 

それぞれが胸に秘めていた熱気は徐々にクールダウンしていき、会場は澄んだ月面世界のような趣を生み出していました。壁一面がガラス張りの会場から見えるマンハッタンの夜景は、さながら宇宙の星々の煌めき。我々は、汚染された地球を脱出し、他の惑星を目指して旅するスペースシップの中、一斉にコールドスリープ状態に入っている人類なのだ。夢に微睡みながら、その夢は遥か遠い未来を眼差す明晰夢であり、一人一人が豊穣の地を約束する希望の種子なのだ…zzz

 

 

なんとなく、Richter氏は、何かとても大きな目的、切実な思いに駆られてこのスリープコンサートを開催しているのかな、と想像していたのだけれど(そうでなければ、8時間半にも及ぶライブコンサートを二晩続きで敢行なんて出来ません)、それは私の中で確信に変わりました。スポンサーが掲げていたスローガンは、”Be more awake”。覚醒せよ、その為には良い眠り=鎮静が必要である、と。

一連のスリープコンサートを体験した数ヶ月のアメリカ滞在期間中、ヒリヒリした焦燥感、疲弊感が世界的規模で広がっているような印象を受けていました。

GoogleやAppleなどの人類の最先端科学を結集させた大企業が密集しているサンフランシスコは、近未来を予見し易い土地でもあります。そこで起こっているのは、全てがオンラインやAIで処理出来る科学技術によるユートピア化。一方、その恩恵から弾き出された人達が貧困に喘いでいるディストピア化。過度に発展した文明のオーバーヒートをクールダウン、もしくはシャットダウンする必要があると感じたアーティスト達が、偶然とは思えないタイミングで多くのスリープコンサートを開催し、人々は無意識のうちにそこに救いを求めに来ているのではないか。

そんな事を、パーリーガール達の安らかな寝息を聴きながら考えていました。

 

 

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コンサートの数日後に日本に帰国し、日本全体を覆っている硬直した閉塞感、そしてアメリカで感じた以上の疲弊感に愕然としました。

同調圧力の下に多様性を否定し、自己肯定感が持てないワーカホリックな人々で溢れ返っている。しかしこれらは裏を返せば、調和を尊び謙虚で勤勉という、日本人が世界的に評価されている美徳のはず。この国が、生きる力と本来の美しい姿を取り戻すには、スリープコンサートが提唱しているような「鎮静」が必要なのだと感じています。

皆様も、安らかな、善き夢を。

 



Text: かなゑ Twitter | Instagram
アート・音楽・文学などを基軸とし、古今東西、お下劣エログロからノーブルなデカダンスまで、「おもろいやん」&「カッコええやん」を判断基準に、好奇心の赴くまま貪り中。モットーは ”not stupid but innocent”。好きな言葉は「良い子は天国に行ける。悪い子はどこにでも行ける。」惑星詩人協会京都ロッジ会員。